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ひらりさの写真

ひらりさ

文筆家

1989年生まれ。女に関するエッセイ、インタビューを中心に活動。オタク女子ユニット・劇団雌猫としての編著に『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。単著に『沼で溺れてみたけれど』(講談社)。2023年1月に新刊『それでも「女」をやっていく』刊行予定。現在イギリスに留学中。

中古書店通いを経て、「推し活」として本を買うように

人の本棚を見るのが好きだ。判型もジャンルもおかまいなく詰められた本棚もいいし、実家からお気に入りだけを洗練して持ってきましたという顔をした本棚もいい。自分が大学院留学のために一人暮らしの家を引き払いかなりの数の本を処分してしまったのもあり、本棚への郷愁はますます深まっている。オンライン会議などで人の家の本棚を見ると、会議そっちのけでじろじろと眺めてしまう。ああ私も、本棚がある生活に戻りたい。

中古書店にも人の本棚をのぞくのと同じ楽しみがある、と思う。顔を知っている人の本棚を見てあれこれ考えるも楽しいが、並んだ本から、知らない人のことを想像するのも楽しい。店主によるキュレーションはもちろんあるだろうが、同じ風合いで日に焼けた文学全集や、同じ傷みかたをしているマンガシリーズの通巻は、同じ主のところからやってきたんだろうなあと推測できる。買う時には、1冊だけ連れていっていいのだろうか?と悩んだりもする。

オタクの私にとって、作品や作家は「推し」である。新刊を定価で買うことは「推し活」の一種だ。自分でも文筆家として同人誌や本を出すなかで「紙の本で新刊を買ってくれる読者」の大切さも身にしみており、成人してからは、本は極力新刊で買っている。けれどまだ自由に使えるお金がなかった子供時代、紙の本にモノとしての愛着を持ち、その後「本を買う」という習慣を身につけることができたのは、中古書店のおかげだった。

ひらりささんが所属する劇団雌猫というサークルで作成した同人誌『悪友』
ひらりささんが所属する劇団雌猫というサークルで作成した同人誌『悪友』

オタク小学生の遊び場だった、新古書チェーン

と、いかにも古書店にこだわりがある読書家のように装ってこのエッセイを始めてしまったが、正直、神保町や早稲田など学生街にあるような「ザ・古書店」にはほとんど行ったことがない。生まれも育ちも都内ではあるが23区外に住んでいたから、そんなところに足を運ぶことはほぼなかった。

中学の頃、京極夏彦の京極堂シリーズにどハマりした結果、友人とともに神保町の古本屋に行くぞ! となったものの、ハードルが高い雰囲気におののいて、1〜2店をぴゃっと見てぴゃっと帰った。どこかの古書店の2階、ガラスショーケースで展示された源氏物語の絵巻を眺めて「綺麗だねえ」と言い合ったのだけ覚えている。オタクで新本格ミステリ以外はマンガやラノベばかり読んでいる女子中学生は神保町には明らかに場違いで、かつ、自分たちの身の丈に合った店を探す能力がなかった。あのときの居心地の悪さが体に染み付いているのか、昔ながらの古書店にはほとんど足を運ばない大人に育った。

神保町の古書街
神保町の古書街

だから私にとって古書店とは、国道沿いにある「新古書チェーン」である。月に一〜二度、家族でやはり国道沿いにあるファミレスチェーンで外食し、食べ終わると隣にある新古書店へ飛び込み、本棚を眺めたり立ち読みしたりしているうちに、いつも2時間は経っていた。新刊書店のレジ前平台に並んでいた児童向けファンタジーをつい貪り読んでしまい30分以上経っていたときには店主から「お嬢ちゃん、図書館行ってね」と諭され顔から火が出るほど恥ずかしかったが(ビジネス上当然の要請であり店主は何も悪くない)、国道沿いの新古書店ではそういうことがなく、安らいだままで本と触れ合うことができた。

図書館行けよと思うし図書館にも行っていたのだが、新古書店にはマンガもラノベもふんだんにあるので、図書館とは別の魅力があった。そして何より、そこにある「人の本棚」の気配が、私を引き付けていた。

中古書店に通っていたころのひらりささん
小学生時代のひらりささん

絶版BLを追い求めるうちに……ブックオフ沼へ

告白すると、そうした新古書店に通っていた小学生時代は、お小遣いも部屋のスペースも限られていたので、実際に古本を買うことはほとんどなかった(小金井市にあった『XX市場』さん、ごめんなさい!)。

中高時代はバイト禁止の学校だったのもあってお小遣いが限られており、そもそも買える本が少なかった。「本を買って売る」ことはあったが、あくまで学校のオタク同士の経済圏のなかでだった。友達から借りた京極堂シリーズの『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』が面白すぎて自分でも欲しい……となり、しかし女子中学生にとっては分厚くて高かったため、原資としてSound Horizonの同人CD『Chronicle 2nd』を別の友達に定価で買い取ってもらい、そのお金で借りていた京極堂シリーズを買い受けたのが、私の「自分でオタクアイテムを売って買った」原体験である。

なおその後サンホラ人気の高まりにより、同CDはネットオークションで10万円まで高騰しているのを発見し、なんとも言えない気持ちになった。

自発的に新古書店に通うようになったのは、大学生に上がってからである。ここでようやく、私の人生にブックオフが登場する。秋葉原、池袋、渋谷、錦糸町、代々木……。行動範囲にひっかかったブックオフには必ず行った。なぜか?それは大学入学とともにBL小説にハマるうち、「絶版BL小説」を追い求めるようになったからだ。

BL小説の世界は、広いようで狭い。マンガ家に比べると、BL出身の小説家の名前を言える人は少ないのではないだろうか。最近は、本屋大賞をとって映画化された『流浪の月』の凪良ゆう、『スモールワールズ』で直木賞候補となった一穂ミチの活躍などで、BL小説業界にも日の目が当たる機会が増えた。それでも、「二次創作BLの同人誌は読むよ」という人や、「BLマンガやBLドラマはたしなんでいるよ」という人でも、オリジナルの「商業BL小説」には手を出していないことが多いはずだ。大体、マンガ市場と小説市場には体感として10対1くらいの規模の差がある(これはイラストコミュニケーションサービスpixivで、同じジャンルのマンガ作品と小説作品のブックマークUser数をひたすら眺めるうちに得た感覚です)。

ひらりささんが愛蔵する一穂ミチさんの作品たち
ひらりささんが愛蔵する一穂ミチさんの作品が本棚にズラリ

今でこそマンガも小説も電子であらかた手に入る時代だが、私がBL小説にハマりたての頃はまだ紙での刊行が主流だった。多種多様なBL小説が次々と世に送り出されるが、そのぶんそこそこのスピードで絶版になってしまう……。

あと、次々と世に送り出されるBL小説のうち好みのものはすべて買って読みたいけれど、家のスペースも同じ速さでなくなってしまう……。なにせ毎月、BL小説だけでも8〜10冊は新刊を買っているのである。さらに、マンガに、BLCD(※1)に、二次創作同人誌も加わる。

私は実家のマンションのうち、クローゼット部屋というか、備え付けのデスク+クローゼット6つを有する寝室ではない部屋をあてがわれ、その床に布団を敷いて寝起きしていたのだ。その、床から天井までそびえたつクローゼットのうち3つを「本棚」として利用してもなお、おさまりきらないBLが出てきた。そんなわけで私がたどり着いたのは、ブックオフをはじめとした新古書店で絶版BL小説を探し、ついでに読み終わったBL小説を売り、その売上で、店内で見つけたBLを買うというサイクルだった。

当時を知っている人は、「会うと大体、でかい紙袋を持っている人」として私を認知していたかもしれない。外出のついでに、家でそのとき見つかる特大サイズのショッパーにこれ以上家に置いておけなくなったBLを入れ、新古書店に立ち寄る。あの頃の私が突然死したら、たぶん秋葉原のまんだらけかブックオフの店員が気づいたと思う。

ブックオフは「街の本棚」として色を放っている

秋葉原や池袋に行くような場合、やはりオタクに特化したチェーンであるまんだらけの使い勝手がよく利用もしていた。しかし週末は同人誌を売りたいオタクが大量に並んでいてめちゃくちゃ混むので、結局ブックオフに足を向けることが多かった。

あと、まんだらけでは絶版BLの価値を店側も把握しているので、定価1,000円以下の本でも、余裕で2,000〜3,000円くらいの値付けがされていた。どうしても欲しいものはまんだらけやネットオークションで確実で仕留めていたが、ブックオフで何気なく棚を眺めているときに、ずっと探していた絶版本がリーズナブルに売られているのを見たときの嬉しさといったら。

あるいは、血眼になって探していたわけではなく、市場的にもそこまで高騰していないが、どうにも目が合ってしまった本を「お迎えせねば!」と思う瞬間が発生するのもブックオフだった。私は木原音瀬という、1995年にデビューしたBL作家を熱烈に愛しているのだが、追いかけ始めたのが2008年からのため、それ以前の本はなかなか集めるのが大変だった。

すべての価値が把握・計算されて整然と並べられた店よりも、よほどの新刊やトレンド本以外はおおらかに投げ出されているブックオフで、ほかの誰もが見過ごしてきただろうそのBLと目が合ったときに、特別な引力を感じた。

ブックオフは秋葉原や池袋以外の都市にもあり、突発的に訪れやすいのもよかった。新しく行った街では普通の書店にもブックオフにも顔を出す。どうしても「新刊」「今週の売れ筋」は似たような空気を纏ってしまうのに対して、それぞれの街のブックオフはいい意味でガチャガチャしていた。ブックオフはすべての本を平等に受け入れる。そのガチャガチャ感はどこか、それぞれの街の波長を示しているように思う。何気に好きだったのが、今はなき錦糸町のブックオフ(BOOKOFF 錦糸町南店)である。大きさといいラインナップといい、子供の頃に通っていた「国道沿いの新古書店」に空気が似ていた。そうだ、ブックオフというのは「人の本棚」であると同時に「街の本棚」でもあるのだ。留学中ヨーロッパのいろいろな街を訪れたときも、古書店やリサイクルショップが表す街の色ってあるなと思った。

きっとまたブックオフに足を運ぶだろう

私がBL小説にハマり、貪るように買っていたのは2000年代後半だ。その後、幾度もの「電子書籍元年」が叫ばれ、ようやく電子書籍という選択肢が版元にも定着してきた。現在、BLを買うときはほとんどKindleで買ってしまう。かなり前に絶版になっていた本がKindleで復活することも増えており、非常にありがたい。家のスペースが増えなくなったのもあり、買うのも売るのも、ここ10年はしていない気がする。あ、いや、留学でまさに家を引き払うときには、ブックオフに段ボール3箱くらいの本をブックオフの宅配買取サービスを利用して送らせてもらったのを思い出しました。でもやっぱり、「査定の間、ブックオフの店舗をぶらぶらして、結局新しい本を買ってしまう」あの贅沢な時間とはしばらくご無沙汰している。

実は現在、別ジャンルで「絶版本」の問題にぶちあたっている。留学にあたって社会学を勉強しはじめたら、これがBL以上に絶版本の多いジャンルだったのである。帰国後、どの街に住むかは決めていない。それでも、帰ったら最寄りのブックオフに足を向け、今度は学術書と目を合わせてみたいと思う。

※1「BLCD」
ボーイズラブ作品のドラマCDのこと

TEXT:ひらりさ
PHOTO:ひらりさ&ブックオフをたちよみ!編集部

【ブックオフへの思いが綴られたエッセイ】

【ブックオフには絶版本だけじゃなくこんなレアなものまで……!】

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