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嘉島唯の写真

嘉島唯

ライター・編集者

新卒で営業職を経験した後、ライターに。現在はWebサイトのニュース編成をしながら、映画・音楽系のインタビューやガジェットの記事を執筆。ブックオフには大学時代から通っていた。

同期たちが「ボーナスで親に旅行をプレゼントしました」と星野リゾートの一室で写真を撮ったり、「付き合って3周年、いつもありがとう」というコメントと共にきらびやかな食事の写真をSNSにあげたりしている。私は「ふーん……」と思いながら、またスマホの画面に指を滑らせた。

次に目に入ったのは「似合い過ぎる2人! おめでとう!」と書かれた新郎新婦の写真だった。深い緑が美しい会場は「椿山荘」というらしい。

あ、この2人結婚したんだ。てか、今日結婚式だったんだ。そっか、土曜だもんなぁ。

スマホをポケットにしまい、私は1人無言で目の前の棚を見つめる。蛍光灯が煌々と照らす棚に並ぶのは、20年以上前に発行された雑誌のバックナンバーたちだ。今日は何かいい出会いがあるだろうか。

背表紙を舐めるように眺めていると、ショッピングモール独特の乾燥したBGMすら聞こえなくなる。

うそ、この号読みたかったやつ! 手に取って見ると「105円」のシールが貼ってある。状態もいいし、資料価値高いじゃん! 誰目線かわからない興奮をしてはページをめくる。

24歳、彼氏なし。というか恋愛経験ほとんどなし。仕事は休職中。貯金もみるみるうちに減っていく。ままならない状態で、私は毎日地元のブックオフに通っていた。

「ぼっち」な学生時代、ブックオフへ駆け込んだ

ブックオフに通い始めたのは大学生の頃からだった。入学当初は、大学での青春を夢見ていたが、すぐに砕け散った。

初対面の男子学生に「唯」と下の名前で呼ばれたとき、「無理だな」と思った。女子から呼ばれるのとは違い、低い声で自分の名前を聞くのは違和感しかなかったのだ。

大学ではこういう距離の詰め方が多かった。何の憂いもない会話、浮ついた雰囲気。大学の最寄駅あたりから漂う学生街のノリについていけなかった。

授業が終わると、多くの学生が高田馬場方面に歩きだす中、私は反対方向へ進む。早稲田駅の入り口を過ぎたぐらいの場所にあるBOOKOFF 早稲田駅前店に行くようになったのだ。

キャンパスの近くにあるにも関わらず、あまり人がいないのが好きだった。少なくとも、華やかな学生はおらず、「ぼっち」でも安心して時間を潰せる空気が流れていた。

早稲田駅前店の1階は、ゲームや中古ガジェットが中心に並べられているが、目につくのは階段の近くに置かれた『AKIRA』(講談社)だった。

B5という大きなサイズのマンガは、フォント、背表紙、すべてが洗練されている。原作マンガを手にとったのはブックオフが初めてだった。価格は1冊1,000円ほど。買えない金額ではないのだけれど、古本屋で4桁の価格はなぜか手を出しにくい。 AKIRAを立ち読み(※)しては、購入するかしないかでいつも悩んでいた。

“高級”中古本を横目に階段を上がって向かうのは、人文系書籍と古雑誌のコーナーだ。人気の本を300円ほどで手に入れられるし、書店に並ばない古めの本は、逆に目新しかった。

宮台真司の『絶望から出発しよう(That’s Japan)』(ウェイツ)や浅田彰の『逃走論―スキゾ・キッズの冒険』(筑摩書房)を買っては、悦に浸っていた。

特に好きだったのはカルチャー雑誌『STUDIO VOICE』(INFASパブリケーションズ)のバックナンバーだ。購買意欲だけを刺激するような煽り文句ばかりが並ぶ雑誌とは正反対で、部屋に飾りたくなるような「モノ」だった。

※コロナウイルス感染拡大防止のため、現在は立ち読みをご遠慮頂いております

『STUDIO VOICE』は表紙が洗練されている。毎号全くデザインが異なるので、収集欲をそそられた。

しばらくすると飯田橋駅近くのブックオフにも足を運ぶようになっていた。BOOKOFF 飯田橋駅東口店は、東西線から有楽町線に乗り換えする途中に位置しており、寄り道するのにちょうどよかったのだ。

飯田橋駅東口店は入り口こそ狭いが、奥行きがあり、入ってみると広さに驚く。入口付近には「今、人気の本」がでんと場所を取り、清潔感のある雰囲気だ。新品レベルの本が多く置かれているので、古本屋であることを忘れる。

会社帰りのサラリーマンに混じりながら、私は2階に足を運んでは人文、マンガ、雑誌コーナーで時間を潰していた。

周りが読んでいなそうなものを摂取しているのが嬉しかった。AKIRAにSTUDIO VOICEに宮台真司。サブカルど真ん中の存在だとは気が付きもせず、これらにすがって大学に馴染めない自分を慰めていた。

堂々と1人行動できるほど自立しているわけでもなく、値段を気にせず本を買うこともできない。そんな私にとって、ブックオフは寂しさを紛らわせられるシェルターだった。

BOOKOFF 飯田橋駅東口店

社会人、人生のどん底

社会人になるとブックオフに行く足はぴたりと止まった。

朝7時に起きてから急いで支度をして満員電車に揺られ、会社に着くなりエレベーターの長い行列にやきもきしながら1日がスタートする。体育会系の職場の営業職だったので、よく言えば活気があり、悪く言えば圧迫感のある毎日だった。

会議では怒鳴り声とともに机に蹴りが一発入り、夕方に突然「明日の商談の資料を作っておいて」と声がかかり、徹夜で作業をすることはしばしば。休日も頻繁に電話がかかってくるので、映画館にすら行けなかった。

ゾンビのように朝起きて、ドナドナのように会社へ運ばれ、馬車馬のように働く毎日を過ごしていると、ありとあらゆる意欲がしぼんでいく。何かを読むのも、誰かと話すのも、どこかへ出かけるのも、すべてやりたくない。1人の時間ができたら眠りたかった。

同じ部署の先輩たちは、そうした環境でも、颯爽と働いていた。うまく息抜きをしているのか、メンタルが鋼なのか、わからない。つまずいてばかりの自分とはまるで違う生き物のように見えた。

緊張の糸は、毎日のストレスを支え続けることはできない。ある日突然、ぷつんと切れる。会社の最寄駅で電車を降りられなくなってしまい、病院で「適応障害」「抑うつ状態」と診断され、私は休職することになった。

みんなができることが、私はできない。

激務に追われていた毎日から一変、私の生活からあらゆる予定がなくなった。1日中家にこもっていると、社会からはじきだされてしまったような感覚になる。

多くの人は、誰かのためになる仕事をして、賃金を得て、経済を回しているのに、私は何にも役立っていない。いいのかな、いいわけないよな、情けない。周りの友だちは、社会の構成員として日々働いているので「何もすることがなくてつらい」なんて相談できなかった。

みるみるうちに貯金が少なくなっていくのにも驚いた。休職中は傷病手当が支給されるものの、もともとの給料が「新卒価格」だったので、1ヶ月に手元に入ってくる額はかなり少ない。厚生年金や保険などで天引きされていき、所得税に住民税などがのしかかる。減っていく残高はカウントダウンのようだった。

いつまでもこの生活は続けられない。かといって、同じ職場に戻れるのか。

お金がないので遠くにはいけない。そもそも意欲も体力もない。でも、このまま家にこもったままだと確実に朽ちていくのがわかった。

ブックオフで「私、これ好きなんだ」を発見する

実家の近くを歩いているときに、近所のショッピングモールに入っているブックオフを見つけた。いつテナントに入ったんだろう? 長らく地元を歩いていないうちに、家から徒歩5分ほどの距離にブックオフができていた。

青と黄色の文字列には優しい吸引力があった。すぅーっと吸い込まれるように店に入ると、まず目に入ってきたのは中古のゲームとガジェットだった。

懐かしい。

奥に進んで、まずは100円コーナーへ行く。だってお金がないのだ。定価で本を買う余裕なんてない。しかし、本がびっしり詰まった棚に目をやると、一瞬で引き込まれた。あれ、こんな本あったっけ? この著者ってこんな本も書いてるの?

Amazonで本を買うときは欲しい本を探すことが多いが、ブックオフは「私、これが好きなのか」を探す旅ができる。普通の書店でも同じ体験はできるけれど、こちとら休職中のニートである。お金がない中で書店に行っても、マッチ売りの少女のような気持ちになるだけだ。

一方、ブックオフは100円本の宝庫である。たまに奮発して500円ぐらいの本を買うこともあるけれど、缶ジュース1本分の値段でいろんな本を購入できる。欲しくなったら買える。そう思いながらページをめくる安心感は、ここでしか味わえなかった。

ふわふわと店内を漂いながら、マンガコーナーに行き着いた。きれいに整えられた棚を眺めていると「いつか読もう」と思っていた作品がごろごろあることに気がついた。

まず手にとったのは、CLAMPの『xxxHOLiC』(講談社)だった。古本屋にしては高い、1冊300円ほどのマンガは、こっくりとした質感のカバーで、素人目で見ても手の込んだものだとわかる。1ページ見た瞬間、ブックオフから『xxxHOLiC』の世界へ引き込まれ、また1ページ、さらに1ページ……と心ゆくまでにフィクションの世界に浸れた。

買おう。

2冊を手に取りレジへ向かった。ニート期間はいつまで続くかわからない。少しずつ長く楽しもう。

©CLAMP・ShigatsuTsuitachi CO.,LTD./講談社
連載当時からおしゃれな作風に惹かれていたものの、ずっと「いつか読もう」フォルダーに入っていた『xxxHOLiC』。このほか同じくCLAMPの『X』(角川書店)も買った。

マンガを読んでいる時間は、社会から取り残された焦り、金銭面での不安、無力な自分への嫌悪感から解放された。フィクションの世界に飛び込んでしまえば、つらさはどこかに行ってしまう。

思えば私はこうやって、マンガや本や映画を見ることで自分を癒やしてきた。大げさに聞こえるかもしれないが、出口が見つからない鬱々しい時間に光が見えた。

それから毎日ブックオフに行くようになった。短いときは30分、長いときは2時間ほど。『xxxHOLiC』は時間をかけて全巻購入し、次に『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』(講談社)、『CLOVER』(講談社)を制覇した。長いこと蓋をしていた「私、これが好きなのか」を再発見したような気持ちになった。

『CLOVER』は、小学生のときに憧れた作品だったが、当時は高くて買えなかった。装丁、コマ割り、余白の多さ、すべてが好きだった。

鬱状態になると文字を読むのが難しくなるので、学生の頃に買い漁った書籍を読めるようになるまでは時間がかかりそうなこともわかった。ほんの数行立ち読みをするだけで、頭から文字がするする抜けていく。小豆を箸で掴むような感覚になり、これが噂に聞く症状か……と愕然とした。

でも、ここはブックオフである。なんだってある。少しずつリハビリをしていけばいい。

書籍はまだ厳しいとなれば、次に手を出すのは古雑誌だった。古雑誌はタイムカプセルのようで、時代の息吹を感じられるのが好きだった。

音楽雑誌『snoozer 2003年12月号』(リトルモア)のiPod特集には、音楽体験がどんなふうに変わるのかという期待が1冊を通して書かれているし『STUDIO VOICE』での高城剛さんの連載では、90年代において「これからはタブレットを持ってどこでも仕事ができるようになる」と未来予知をしていたりして興奮した。

『snoozer 2003年12月号』
音楽雑誌であるものの、この号はiPodへ音楽をいれる手順、iTunesの使い方が丁寧に書かれており、衝撃を受けた。もちろん、iPod特集以外のページではRed Hot Chili PeppersやPrimal Screamなどにインタビューしている。

大学のレポート作成のために国会図書館まで読みに行った『広告批評』(マドラ出版)をブックオフで見つけたときは、ノールックでレジに持っていった。『Quick Japan 1995年12月号』(太田出版)は、90年代の露悪的な鬼畜系カルチャーの一片が垣間見えたし、『宝島 1980年7月号 恋愛論ニュー・ウェイヴ’80』(宝島社)を読んだときは、「ゲゲゲ」「現実のハナシ」「レンアイ」「ズブぬれ」などカタカナの頻出具合に驚いた。

『宝島 1980年7月号 恋愛論ニュー・ウェイヴ’80』
『宝島 1980年7月号 恋愛論ニュー・ウェイヴ’80』は、「80年代の恋愛」を特集しつつ、巻頭はアフガニスタンのゲリラを撮影したフォト・ルポルタージュになっている。

満足できない内容だったとしても、どれも100円なので、後悔はなかった。むしろ「これはいい」「これはちょっと……」と整理ができるので、視界がクリアになっていくような感覚すらあった。

ブックオフに通ううちに、少しずつメンタルが回復していった。友だちができないことを恥じたり、好きなものを我慢して労働に身を捧げなくてはと思いこんだり、SNSで見るきらびやかな投稿に劣等感を覚えたり。そういうことはしなくていいんだ。もっと自由に生きようと思えるようになっていた。私は私の好きなものがしっかりあって、それを味わっていけばいい。

そこから吹っ切れたように転職活動をはじめ、2月14日に会社を辞めた。バレンタインデーに退職届が受理されたとき、長い間自分につけていた足かせがガチャンと音を立てて外れたような気がした。

20代前半、自分が何者でもなくて、何も手に入れられなくて、心もとなかった。きっと私は誰かの目を異様に気にしていたんだと思う。ブックオフでのんびり過ごしたあの時間は、自分と向き合う体験だった。忙しさだとか、周りの空気感によってかき消してしまった、本来自分が好きだったものを再発見できる場所。持っていくのは、100円だけでいい。

摩耗する生活に疲れたら、100円を握りしめてブックオフへ行こう。そのときにはどんな自分が発見できるのだろう。今から楽しみだ。 

TEXT:嘉島唯
PHOTO:嘉島唯・ブックオフをたちよみ!編集部

※2022年1月現在、100円コーナーの書籍等は110円(税込)です。また、価格・商品の取り扱いは店舗によって異なります

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