ジェーン・スー
コラムニスト、ラジオパーソナリティ、作詞家。
東京生まれ東京育ちの日本人。TBSラジオにて『ジェーン・スー 生活は踊る』を月~木で放送中。著書に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎)や『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)、『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『女のお悩み動物園』(小学館)、『ひとまず上出来』(文藝春秋)などがある。ポッドキャスト『ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN』は毎週金曜日配信。
執筆業に携わるまで、ブックオフと私の関係はシンプルそのものだった。時間に余裕がある時、そこにブックオフがあれば立ち寄る。ふらっと入ってぼんやり書棚を眺め、これは少し前に話題になった本だったなとか、ちょうどこの作家の別の作品を読みたいと思ってたとか、声には出さないひとり言をブツブツ言いながら店内を周回する。
出版社別ではなく、作家名のあいうえお順になっているところが買い手の都合に寄り添っていて良い。背表紙を人差し指でなぞりながら歩き、気に入ったものがあれば棚から抜いてレジへ向かう。ただ、それだけ。欲しい本を探すために入店したことは一度もなかった。
ドラマ『Sex and the City』のキャンディス・ブシュネルによる原作本も、ふと入ったどこかのブックオフで買った。のちに、続編の日本語版『25年後のセックス・アンド・ザ・シティ』(大和書房)でイントロダクションを執筆したり、キャンディスにインタビューしたりすることになるなんて、その時は思いもしなかった。けれど、インタビュー時、Zoom越しにキャンディスに見せた原作本は、確かにブックオフで購入したものだ。
いつまでも外国人作家の棚にいたい
大きな街にある大きなブックオフも魅力的だが、私は中くらいの住宅街にある中くらいのブックオフが好きだ。街ごとに書棚の顔が異なるから、眺めているだけでも楽しい。ブックオフは、街の人の暮らしをそのまま反映しているように見える。買取された本が、どういうシステムを経て各店舗に納品されるのかはわからない。その街の本が、その街のブックオフに並ぶのかもわからない(※1)。
それでも、売れる本には街ごとの傾向があるだろう。自己啓発本やビジネス本が多く並んでいれば、ここには意外と野心家が多く住んでいるなと想像し、バラエティに富んだ小説や岩波新書が数多並んでいれば、なるほど読書家の多い街だなと推察する。その街の生活と、こう言っちゃ下衆だが教養みたいなものが、ブックオフには如実に表れると勝手に思っている。
つかず離れずブックオフと付き合ってきた私が、期せずして執筆を始めたのが今から10年くらい前。今まで「便利だなあ」としか考えていなかったブックオフに、自著が並ぶのを見る羽目になった。それまで売り手と買い手を交互にやっていただけの、ブックオフと私のシンプルな関係性がグニャンと歪む。なかなか複雑な心境になった。
老舗の古本屋に私の本が並ぶことはないが、ブックオフにはたいていある。今まで散々世話になってきたのに、自著を見つけるたび「手元にずっと残しておきたい本だとは思われなかったんだな」とか「定価で買う価値はないと思う人がここで買うんだな」とか、よくもまあそこまでセンシティブになれるなと、今の私なら笑い飛ばせるくらいのじめっとした感情が生まれてきたのを覚えている。
ジェーン・スーという筆名も厄介だ。ブックオフでは十中八九、私の本は外国人作家の棚に差さっている。そりゃそうだ。ぜんぶカタカナだもの。私はこの事態をとても気に入っていて、ブックオフの店員さんが、何も考えず外国人作家の棚に私の本を差すくらいの知名度を保ちたいと思っている。つまり、ジェーン・スーと聞いて、パッと顔が浮かんでくるほどには世間に認知されたくないのだ。ブックオフで自分の本がどこに差さっているかを確認するのは、私にとってある種のゲームとも言える。
ちなみにカタカナ作家名で言えば、リリー・フランキーさんが外国人作家の棚からアウトして、私がインしたと勝手に想像しニヤニヤしたりもする。リリー・フランキーさんが外国人作家だと思っている店員さんはひとりもいないだろう。知名度ってそういうこと。
自著がブックオフの棚に並ぶことに感傷的になった、ウブな私はもういない。旧作が外国人作家コーナーにあればホッと安心するし、なるほどこの作家はこの本が一番売れているのね、なんていやらしい見方もする。私の本で言えば、最新作もしくは過去に最も売れた本が一番多く並んでいるので、ほかの作家もそうだろうと邪推。
ブックオフに並ぶ基準は内容が「面白い」か「つまらない」かではなく、市場の流通が多いか否かなのだと思う。興味を持ってくれたならこれ幸い、どうぞブックオフで買ってくださいと寛大な気持ちでいながら、いつの日か新品を手に取って欲しいと祈るような気持ちもある。
私の街のブックオフには本が少なく、ハイブランドの服が多い
さて、私が仕事場を構えている街の商店街にも、数年前にブックオフができた。小さい小さいブックオフ。私の仕事場は古いアパートだし商店街は庶民的だが、街自体にはわんさか新興セレブが住んでいる。やっかみと偏見ながら、読書家が多い印象はない。外からチラッと眺めたら、本棚は小さいのがひとつかふたつしかなく、奥のほうには衣類やブランド物のバッグが並んでいた。なるほど、そういうブックオフもあるのか。私には用がなさそうと思い、足を踏み入れることなく何年かが過ぎた。
ある日のこと。並びにあるドラッグストアに寄った帰り、私はなんの気なしにこのブックオフへ立ち寄った。なんの気なしに入店するのが私にとってのブックオフだから、行動としては理にかなっている。入って右手にある本棚には、ハウツー本とベストセラー小説が多かった。私の本などもちろんない。本の総数は百冊もなかった。予想通り、棚が街を体現している。
ふと下のほうを見やると、大判の洋書が何冊か目に入った。小さいブックオフではあまり見ないタイプの品。手に取ると、マイケル・ジャクソンの衣装デザイナーが記したデザイン本や、デヴィット・ボウイの写真集だった。マニアには垂涎ものだ。値付けも良心的だし、悪くない。この街には音楽好きがいる、ということに、私は少しうれしくなった。
奥に歩を進めていくと、いわゆるハイブランドのバッグや財布が鍵のかかったショーケースに並んでいた。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……。私はゼロの数を何度も数えた。どうやらそのバッグは30万円するらしい。ブックオフの多様性に仰け反るしかない。「あなたの知っているブックオフだけが、ブックオフではないのですよ」と言われたような気分。
気を取り直し、衣類コーナーを見る。予想に反し、そこに並んでいたのは「古着」ではなかった。どれもとびきりの美品だ。袖を通していたとしても、一度か二度だろう。タグが付いたままのものもあった。名前を知るハイブランドもあれば、まったく聞いたことのないのもあった。ハンガーラックに派手なピンク色のパーカーが掛かっていて、引っ張り出して鏡に映すと、私にぴったりのサイズだった。胸元に印刷された言葉も素敵だし、生地もしっかりしている。これはちょっと欲しいなと値札を見たら、25,000円とあって思わず声が出そうになる。私が知るパーカーの値段ではない。あー驚いたとハンガーを元に戻そうとしたら、同じパーカーにもうひとつ値札が付いているのに気付いた。めくると、そこには40,000円とあるではないか。最初の値札はどうやら定価の値段らしい。待って、待って。定価より高く値付けされた商品が置いてあるブックオフなんて、未知すぎる。ブック要素は百歩譲って諦めるが、オフ要素も皆無ではないか。ここはブックオフではなく服アップなのか(※2)。
慌ててスマホで調べると、ピンクのパーカーは新進気鋭のストリートブランドのもので、定価で買えることはおろか、店頭で現物にお目に掛かれることすらほとんどないらしいことがわかった。同じ商品をネットショップで見つけたら、値段はやはり40,000円だった。ブックオフの値付けは市場原理に基づいている。
ブックオフで40,000円なんてどうかしてる。100円の文庫本なら400冊買える。ブックオフでパッと買えないものがあるなんてと、ちょっと憤慨もした。と同時に、私はどんどんそのパーカーが欲しくなってしまった。4,000円でも40,000円でも、あれは私にとっても似合うはずなのだ。いや、正直に言おう。入手しづらいと知った途端に欲望が膨れ上がった。私もこの街と同じく下衆い。
それまで素通りしていたブックオフに何度となく足を運び、ピンクのパーカーが売れてしまっていないか、値下がりしていないかをチェックする日々が始まった。店員さんに顔も覚えられていたと思う。ほかの店舗に異動したら、あなたは私の本を外国人作家の棚に差すんでしょう? と、よくわからない恨みがましい気持ちにさえなった。
二週間か三週間は足を運んでいたと思う。本棚にあったダイエット本やハウツー本は売れたのか消えていたが、マイケル・ジャクソンの衣装デザイン本も、デヴィット・ボウイの写真集もそのまま残っていた。ピンクのパーカーも、変わらずハンガーに掛かってラックに並んでいた。
自分が求めるエンディングもわからぬまま、小さなブックオフに足を運び続けたある日のこと。いつもの調子でパーカーを手に取ると、値札が変わっているのに気付いた。急いでめくると、40,000円が30,000円になっていた。商品は同じ。汚れもない。意味がわからなかったが、セレブはいきなり値を下げるものだと勝手に納得した。さあ、どうしよう。
定価は25,000円。プレミアがついて30,000円。定価の時点でギョッとしたことなどまったく忘れ、30,000円なら悪くはないのではないかと私は思い始めていた。もしかしたら、私と同じようにこのパーカーを虎視眈々と狙っている客が、この街にいるのではないかという猜疑心まで生まれた。今日、ここで買わないと次はないかもしれない。
ハッ! そう言えばブックオフから執筆の依頼がきていたじゃない! そのギャラの一部をあてれば良いのでは?
そんなこんなで、私はこの原稿を書いている。つまり、私はピンクのパーカーを30,000円(税抜)で買ったのだ。どえらいことをした。これから先も、私がブックオフで買ったもののなかで最高値になることは、間違いないと思う。あのブックオフに、私がまた足を運ばなければの話だけれど。
TEXT:ジェーン・スー
PHOTO:ブックオフをたちよみ!編集部
撮影店舗:BOOKOFF 阿佐ヶ谷南店、BINGO 渋谷モディ店
※記事内に登場する一部のブックオフは洋服・ブランド品などの買取に特化した小型店「BOOKOFF 総合買取窓口」のことであり、商品の取り扱い・価格については店舗によって異なる場合があります。
※1 基本的に、お売りいただいたモノはその店舗で販売しております。
※2 市場価値を鑑みて査定したうえで売価をご提示しております。
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