田丸雅智
ショートショート作家
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務める。また、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。ショートショートの書き方講座の内容は、2020年度から小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。2021年度からは中学1年生の国語教科書(教育出版)に小説作品が掲載。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
運命を変えてくれたのは、一冊の文庫本だった。
ある作家さんに夢中になって著作を読み進めるなかで、おれは一冊の本を無性に読んでみたくなった。
しかし、その本はあいにく絶版になっていて、Web書店では学生には手の出しようがないほどの法外な値段がつけられていた。電子書籍では復刊していたが、本は紙で読みたい派だ。かと言って、図書館で借りると返却期限が気になって、なかなかゆっくり読みづらい……。
ブックオフだ、とおれは思った。
ブックオフで買えさえすれば財布に優しく、手元に置いてじっくり読める──。
ところが、そうして訪れた近所のブックオフには目的の本は置かれてなかった。
まあ、一軒目で見つけようっていうのは、さすがにな……。
おれは他の店舗をすぐに調べ、近くにあった別の店を訪れてみた。文庫本のコーナーに行き、視線を這わせて目的の本を探していく。が、同じ作者の別の本はあったものの、やはりその一冊は見当たらなかった。
少し肩を落としつつも、おれはすぐに思い直す。
Web書店であれだけの値段がついてるんだ、そう簡単に見つかるわけない──。
ブックオフをめぐる旅がはじまったのは、その日からだ。
最初のうちは、時間を見つけては近場の別のブックオフに少しずつ足を運んでみるということを繰り返した。
しかし、目的の本はBOOKOFF 自由が丘駅前店にもなければBOOKOFF 学芸大学駅前店にもなく、BOOKOFF 246三軒茶屋店にも置かれてなかった。
もともと稀少な本であることは分かっていたが、空振りに終わるとやはり悔しさがこみあげてくる。
BOOKOFF 雪が谷大塚店──ない。
BOOKOFF 武蔵中原店──ない。
BOOKOFF 港北綱島西店──ない。
そうなると、かえって心に火がつくというもので、おれは次なるブックオフを目指してしだいに遠出するようになる。
BOOKOFF 横浜東戸塚店、BOOKOFF さいたま円正寺店、BOOKOFF 木更津太田店。
ない、ない、ない。
無論、本来であれば新規店舗の開拓だけでなく、すでに訪れた店舗のチェックもつづけなければならなかった。ブックオフには、日々新たなモノが売られてくる。ゆえに、以前は在庫がなかった店舗にも、当然ながらタイミング次第では在庫がある可能性は大いにある。
それでも、おれは多くの時間を新たな店舗を訪れることに費やした。目的の本は、まだ見ぬどこかのブックオフの棚で眠っている。そんな気がして、じっとしていられなかったからだ。
やがておれは、関東を飛びだし各地を旅するようになっていく。
ときには青春18切符で。
ときには格安の高速バスで。
ときにはヒッチハイクで。
そんな感じで旅自体は節約を心掛けていたものの、旅費に使った金額はWeb書店で売られている目的の本の額をとうの昔に超えていた。
本末転倒なことをするくらいなら、最初からWeb書店で買えばよかったのに。
友人はそう言って呆れ、こうつづけた。
今からでも遅くない。どうしても手に入れたいなら、赤字が膨らむ前に思い切ってWeb書店で買うべきだ。
だが、おれは頑として首を縦には振らなかった。
意固地になっていたわけではない。
ブックオフとは、いったい何か。どんな使命を帯びた存在なのか。
旅の合間でそんなことに思いをはせるうちに、おれはブックオフで買うことにこそ意味があると考えるようになっていた。
思わぬ連絡が舞いこんだのは、ある日のことだ。
SNSを通じて、なんと目的の本の作家さんご本人からこんなメッセージが届いたのだ。
──あなたが拙著を求めて各地を回られていることをSNSで知りました。その本でしたら、私の手元に何冊か残っています。ご迷惑でなければ喜んで進呈いたしますが、いかがでしょうか。
おれは感激しつつも、すぐにこう返事を書いた。
──大変ありがたいことですが、恐れ多くも辞退させていただければと思っております。
しっかりと感謝の気持ちもお伝えしながら、おれは作家さんに真意を伝える。
──ブックオフとは、単に中古のモノを売り買いする場所ではないのだと、旅を通じて気がつきました。そこは文化の継承と発展のために欠かせない場所なのだと、今の私は考えています。
想いをこめて、おれはこんな趣旨の言葉をつづけてつづる。
作家さんや出版社さんらのことを考えれば、本は書店で購入するのが一番だと承知しており、自分もそれを心がけたいと思っている。その一方で、世の中には自分のような学生をはじめ、金銭的にどうしても新品の本には手を出しづらい場合があったり、今回のように絶版になっていて新品の本を買うことが叶わない場合もあったりする。
ブックオフが真価を発揮するのはそんなときで、その存在のおかげで人から人へと継承されていく文化があり、新たに生まれる文化があると思っている。自分もそこに加わって、少しでも文化というものに貢献したい。だからこそ、ブックオフという場所で目的の本を買うことを完遂したい……。
作家さんから叱責されることは覚悟していたが、戻ってきた返事はこうだった。
──私は自らの浅慮を恥じる思いです。手元に余っている本は、すべてブックオフに引き取ってもらおうと思っています。たとえそれらの本があなたとめぐり合うことはなかったとしても、手に取ってくださった方の中から次なる文化が生まれていくことを願っています。
おれは心を震わせて、そのお言葉に報いるためにもいち早く目標を達成せねばといっそう思いを強くした。そして、腹をくくって大学に休学届を提出し、各地のブックオフをめぐる日本一周の旅へと出発した。
目的の本は一向に見つからなかったが、旅の途中ではおもしろい店舗との出会いがあった。
雲のような赤いものが入口の上に鎮座している、BOOKOFF 新潟竹尾店。
まるで研究所のような派手な見た目の、BOOKOFF 富山山室店。
旅費をなるべく抑えるために、旅先では野宿をすることもままあった。そんな夜は星空のもと、ブックオフで調達したCDを聴いて音楽を存分に楽しんだ。
古着を扱う店舗では、旅路でボロボロになった服を買い換えることもできた。
ブックオフは本だけではない様々なモノを扱う総合リユース業なのだと改めて自覚できたのは、この旅のおかげだった。
おれは目的の本をひたすら求め、日本最南端のBOOKOFF 那覇小禄店から、最北端のBOOKOFF 網走店を目指して店から店へと渡り歩いた。しかし、どの店舗にもやはり目的の本は置かれておらず、そのうち資金も尽きてしまい、おれは失意のなかで一時帰宅を余儀なくされた。
予期せぬことが起きたのは、そうして家に帰っていた途中でのことだった。
一応、ここにも寄っておくか……。
おれは一切の期待を持たず、久しぶりに通りかかった近所の店舗──BOOKOFF 上野毛店へと半ば無意識のうちに足を踏み入れた。
そして、そこで呆然と立ち尽くす。
棚の一角に、探し求めていた本がたたずんでいたのだ。
夢じゃないよな、と目をこする。が、本は消えずにそこにあった。
やった……ついに見つけた!
感極まって、何も言葉が出てこなかった。視界がにじみ、手の震えも止まらなくなる。
それでも、おれはなんとか深呼吸をして落ち着いて、ゆっくりとそちらに向かって手を伸ばした。
横から伸びてきた誰かの手とぶつかったのは、そのときだった。
「あっ、すみません……」
慌てて視線を向けるとそばには同い年くらいの女性がいて、そちらも焦った様子で口にした。
「いえ! こちらこそです! ずっと探してた本があったので、つい……!」
気まずさを抱えながらも、おれたちは少しずつ会話をはじめる。やがてお互いに同じ本を求めて旅していたことが分かってからは、一気に距離が縮まっていく──。
本はその後、両者一歩も引かない譲り合いの末、最終的に折半して購入し、二人で所有することにしようという妙な結論に落ち着いた。そして、それぞれ読んで感想を熱く語り合ううちに意気投合し、気がつけば交際へと発展していた。
その人こそ誰であろう、今の妻だ。
二人で買った本はというと、あれ以来、出会った記念にずっと大事に保管してきた。が、結婚を機に話し合い、つい最近ブックオフへと送りだした。今ごろは新たな人の手に渡り、文化の継承と発展のために少しでも役立っていることを願ってやまない。
ブックオフめぐりのほうは今や二人の共通の趣味になっていて、目的のものがあってもなくても、ときどき夫婦で各地のブックオフに出かけていくのがちょっとした楽しみになっている。
近く予定している新婚旅行の行き先も、その延長ですぐに決まった。
向かうはパリ。
旅の最大のお目当ては、もちろん海外にある店舗のひとつ──BOOKOFFパリ・キャトーセプタンブル店だ。
TEXT:田丸雅智
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