上田啓太
ライター
1984年生まれ。ライター。2010年にブログ『真顔日記』を開設。『SLAM DUNK』(集英社)や『課長島耕作』(講談社)など漫画に関する記事を多数執筆。大学時代は京都のブックオフに足しげく通っていた。好きなものはゴリラとaiko。
ブックオフの店内には、たくさんのマンガがある。これは言うまでもないことだ。立ち読みOKなこともあり(※)、熱心にマンガを読んでいる人を見かけることも多い。ブックオフの中にはマンガがある。それでは、マンガの中にブックオフはあるのか。これが気になる。
※コロナウイルス感染拡大防止の為、現在は立ち読みをご遠慮頂いております
これまでさまざまな名作マンガが生まれてきたが、その中にブックオフが登場できそうなものはあるか。たとえば、江戸時代を舞台にしたマンガに何の説明もなくコンビニが出てくれば、世界観は壊れてしまう。ブックオフも同じで、考えなしに放り込めば、作品世界を別のものに変えてしまう。ブックオフが登場してもよい作品、登場してはいけない作品は、明確に分けられるはずだ。
たとえば、2021年に完結した『進撃の巨人』(講談社)はどうだろうか。
進撃の巨人
『進撃の巨人』はファンタジーマンガの名作である。2021年の春、物語は高いテンションを維持したまま、見事に最終回をむかえた。しかし、これはまったくブックオフの入り込む余地のない作品である。何がどうなろうと、『進撃の巨人』にブックオフが存在することはできない。
物語の舞台となるのは壁に囲まれた架空の街だ。壁の外には無数の巨人がはびこり、街の人々は巨人の存在を恐れながら静かに暮らしている。人類は壁外を探査しているものの、めぼしい成果はなく、探査に出た人間たちは次々と巨人に食われる。大きな犠牲を出しながらも、世界のことは分からないままだ。
なぜ、自分たちは壁に囲まれた世界で暮らしているのか? 壁の外にはどんな世界が広がっているのか? この壁は何者によって造られたのか? 無数の問いがあり、答えはない。
そんなある日、主人公エレンのもとに、友人のアルミンが駆け寄ってくる。アルミンは祖父の隠し持っていた本を見つけた。そこには「壁の外の世界」に関する情報が書かれていた。
この本によると、この世界の大半は「海」っていう水で覆われているんだって!!
(引用:『進撃の巨人』1巻185ページ (c)諫山創/講談社)
本といえばブックオフである。この場面に限らず、『進撃の巨人』では本が重要な役割を果たしている。一瞬、ブックオフの入る余地がある気もしてくるのだが、さすがに本の意味合いが違いすぎる。ブックオフの取り扱い範囲を超えている。古事記や日本書紀に匹敵する何かを発見した場合は、ブックオフの買取カウンターではなく、しかるべき機関に持ち込んでいただきたい。
やはり、名作マンガはそれぞれに確固たる世界観を持ち、何を出して、何を出さないのか、入念に考え抜かれている。ブックオフが入りこむことは容易ではない。
ひとまず現代日本に舞台をしぼり、壁の外を巨人がうろつきまわらない作品を探すべきだろう。
賭博黙示録カイジ
『賭博黙示録カイジ』(講談社)はギャンブルマンガの名作である。舞台は現代日本。主人公の伊藤カイジは二十代の若者であり、わりとボヤッとしていて期待が持てる。ブックオフでマンガを立ち読みしていても違和感がない。ただ、いざギャンブルが始まるとカイジは途端に主人公の面構えを見せ、作品世界はヒリヒリとした緊張感のあるものに変わる。
最初のギャンブルでは、カイジを含むプレイヤー同士が三つの星を奪い合うのだが、すべての星を失ったプレイヤーは別室に連れて行かれ、焼きゴテで皮膚に番号を押されていた。こうなると、ブックオフの雰囲気とは合わない。基本的に、私たちはブックオフで生死の境をさまよわない。むしろ、日常の中でも、とくに生死の境をさまよわない場所だと言える。
別のギャンブルでは、眼と耳のどちらを賭けるかという嫌な二択を提示されて、カイジは耳を選んでいた。そして、負けるたびに針が鼓膜に近付いていく状態で、カードゲームをしていた。さらに別のギャンブルでは、「人間競馬」の名のもとに、二棟の高層ビルのあいだに架けられた鉄骨の上を、必死で渡っていた。無事に渡れれば賞金がもらえるのだが、当然のように参加者たちは次々と転落していた。
どうもブックオフの雰囲気とは違っている。カイジの世界にもブックオフの入り込む余地はなさそうだ。ブックオフがブックオフのままでは、絶対にカイジの世界には登場できない。ブックオフのほうでカイジに寄せていくしかないだろう。ブックオフのカイジ支店を作るべきだ。
高層ビルの最上階に店を構える。となりのビルから鉄骨を渡って入店するタイプのブックオフである。古本を求めるチャレンジャーたちが、ぞくぞくと鉄骨を渡ってやってくる。大半は店につく前に転落するが、気にしなくてよい。知らないならば教えてやる。古本は命より重いのだ。
店内には「勝たねばゴミ……!」というアナウンスが流れている。一人の店員が「勝たねばゴミ……!」と言えば、他の店員が「勝たねばゴミ……!」と連鎖的に復唱する。ヒリヒリしたやまびこだ(※1)。
それでも気にせず黙々と立ち読みを続けている客がいれば、それはチンギス・ハンか、フビライ・ハンか、すさまじい豪傑であることは間違いない。客の胆力が試される新店舗だ。帝国を統べるような器の大きさが求められる。
ポイントカードは、焼きゴテで肌に直接記録する仕組みにしよう。それがカイジの世界のブックオフだ。私は行かない。命が惜しい。
※1「やまびこ」
ブックオフの店舗で「いらっしゃいませ! こんにちは」と店員が連鎖して挨拶する様子のこと。活気ある店内にする他、お客さんに店員の場所を知ってもらう、防犯になる、などの役目もある
寄生獣
『寄生獣』(講談社)はSFマンガの名作である。物語の舞台は現代日本。ある日、宇宙から謎の生物が飛来する。この生物は人間の脳に寄生して、その体を乗っ取ってしまう。主人公の新一も寄生されそうになるのだが、偶然、脳を奪われず、かわりに右手だけを奪われてしまう。
この寄生体を新一は「ミギー」と呼ぶことになる。右手に寄生したからミギーだ。ネーミングからも分かるように、ハードな設定の一方で、ミギーは妙にかわいく、なごむ外見をしていて、作品全体のバランスを取っている。
ミギーは大量の本を読んで、人間世界のことを学んでゆく。ミギーは高度な知性を持っているが、人間とは常識を共有していない。そのため時として、ミギーは人間の価値観を揺さぶる奇妙な発言をする。
シンイチ……「悪魔」というのを本で調べたが……
いちばんそれに近い生物は
やはり人間だと思うぞ……
(引用:『寄生獣』1巻90ページ (c) 岩明均/講談社)
ところで、本といえばブックオフである。作中では、ミギーは図書館の本で人類のことを学んでいる。だが、われわれは、図書館ではなくブックオフで学んでいただくことを想像できる。これまで見てきた物語の中では、いちばん自然にブックオフが登場できそうな場面である。
ただ、図書館と違い、ブックオフに置いてある本はすさまじく雑多である。その点は気になる。とくに110円棚を見ると、十年前のベストセラーや、かつて人気だった芸能人のエッセイ、今では外れたことの分かる未来予測本など、図書館に置いていないタイプの本が大量にある。
雑多なものとしての人間世界をミギーに学んでもらえそうではあるが、絶妙に古い芸能ネタなんかを高い知能で淡々と学習されても困る。
「なあシンイチ、『モーニング娘。』というのを本で調べたが……辻ちゃんと加護ちゃんが新メンバーに加入した時の衝撃は相当なものだったと思うぞ……」みたいな発言は、やっぱりしてほしくない。あんまり俗っぽいことを言われると、作品の絶妙なバランスが崩れてしまう。
やはりミギーには図書館で人類のことを学んでほしい。不用意にブックオフに行かせてはいけない。
金田一少年の事件簿
『金田一少年の事件簿』(講談社)は推理マンガの名作である。IQ180の頭脳を持つ金田一少年が、さまざまな事件に巻き込まれ、卓抜した推理力で解決していく。
金田一少年というキャラクターは、ブックオフがよく似合う。IQは高いが、熱心に勉強をするタイプではなく、授業をサボッてブックオフに行く姿がありありと想像できる。ブックオフで立ち読みしている最中に、ぜひとも事件に巻き込まれていただきたい。
ただ、実際に読んでみると分かるのだが、このマンガで事件の舞台となるのは、絶海の孤島に建てられた古い劇場や、激しい吹雪に閉ざされた山上のコテージ、謎めいた因習に支配された山奥の村である。普通のブックオフではパンチが弱い。
事件の舞台となる以上、外界から隔絶されたブックオフであってほしい。だが、そんなブックオフは存在しない。絶海の孤島にたたずむブックオフや、猛吹雪で店から出られなくなるブックオフは、商売の原則に反している。「客が来ない理由は、この店の立地だったんだよ!」とかは言えそうだが、それに気づくのにIQは180も要らないし、探偵というよりコンサルの仕事だろう。
謎めいた因習に支配された山奥のブックオフというのが、ぎりぎり成立しそうな線だろうか。「こんな山奥にブックオフがあるなんて」と金田一少年に興味を持っていただき、入店してもらおう。謎めいた因習に関しては、店員が連鎖的に「いらっしゃいませ」と言うのがそもそも謎だから問題ない。
店員たちは和気あいあいと仕事しているが、特定の名前が出るとギョッとして、急によそよそしくなる。一人の店員が遠い目をして、「この店では色々なことがありましたからねえ、良いことも、悪いことも……」と思わせぶりなことを言い、あとは別の店員が適当なタイミングで、
「やまびこが聞こえる……。聞こえないはずの七人目のやまびこが……」
みたいなことを言えば、金田一少年的ブックオフが誕生するだろう。「その謎めいた言葉は、これから始まる惨劇の序章に過ぎなかったのだ……」みたいな心の声を、金田一少年からいただけるのではないか。
ちなみに私はこれも行かない。命が惜しい。普通のブックオフがいちばんいいと思う。
TEXT:上田啓太
【ブックオフで遊んでみた! な記事はこちら】
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