岡奈なな子
YouTuber
1994年生まれ。YouTube「岡奈なな子の日常short movie」で飾らない日常、言葉をそのままに投稿しながら築50年以上の祖母の家で、一人暮らしをしている。著書に『余計なものもいとおしくて』(KADOKAWA)。
冬のツンとしたにおいが、特定の記憶を連れてくる。
古い家の冷え込みというのは恐ろしいもので、朝などは外にいるのかと錯覚するほど、室温が下がってしまう。
そんな目覚め時(といっても午前11時)、ふと、以前よく行っていたブックオフのことを思い出した。
準備という準備はしていないが、気が付いたら一応外には出れる程度の格好になっている。ブックオフに行こう。
防寒着の裾が少しほつれていることに若干戸惑いながら、メッキ処理の剥がれた玄関ドアの取っ手を下げる。
骨の髄まで冷えてしまうほど冷たい空気を身体に浴びながら、心の中で「右足」「左足」と唱えながらなんとか歩みを進める。
思考の殆どを左右の足に割くことで、寒さを感じる隙間を無くす作戦。
そうこうする内に、目的地へ辿り着く。
ブックオフ。所謂リユース・リサイクルショップ。
以前私はここに頻繁に通い詰め、DVD棚の前で血眼になり、運命の出会いに期待していた。
今ではサブスクの台頭により、旧作はインターネットを介して観るものとなってしまったが、パッケージのデザイン含め「物を所有する」ことの価値が私を駆り立てている。
目的は今回も中古DVD。
なんとなく店内を彷徨き、砂金を見つけるかの如く陳列棚の端から端まで商品を吟味する。
ここで少しでも気を抜こうものなら、素晴らしい出会いを逃してしまうことになるので、寝起きの脳みそとは思えない程の集中力を発揮する。
数多ある商品の中から、一際目を引くパッケージを発見する。
『エターナルサンシャイン』だ。映画を片っ端から見ていた時期に、ふと見た。なんとも懐かしい。
記憶を消去できる技術が確立された世界で、恋人が自分に対する記憶を全て消してしまったことを知るところから、物語が始まる。気が付けばパッケージを手に取っていた。
会計を済まし、はやる気持ちを抑えながら帰路に着く。不思議と寒さは感じない。
家に着くや否や、お昼ご飯を摂っていないことに気付いてしまうが、もうそんなことどうだっていい。
買ってきたブツを袋から取り出し、パッケージをジッと眺める。
2、3枚写真を撮り、パッケージを開き円盤を取り出す。
少しだけ冷たいPS4のコントローラーを巧みに操作し、本日の成果を再生する。
懐かしい映像がモニターに映し出される。
とにかくこの映画は色が良い。
薄くフィルターがかった様な、淡い色が脳内を駆け巡り、ストーリーとは裏腹に記憶がどんどん蘇ってくる。
徐々に変わっていくクレムの髪の色と、ジョエルの悲壮感。
恋愛映画としての枠組みを少しだけはみ出して、色と時間、記憶の三つが綺麗に折り重なっていく。新鮮な感動が押し寄せる。
気付けばほっぺたが少し濡れている。何度も見ているはずなのに。
あぁ、このDVDを買って良かった。
エンドロールを眺めながら、今朝からの記憶を反芻する。
いつだって映画や音楽は生活に寄り添い、私たちの日常に色を与えてくれる。何も「本当のこと」ではないのに。
DVDを取り出し、機器により少し暖められたそれをパッケージ内にしまう。温かい。なんだか面白くなってしまい、自然と笑みに包まれる。
なんとなく窓際に置き、少し引いて眺める。
時間は夕飯時になってしまったが、新しい仲間が増えた様な幸せな気持ちのまま、納豆をかき混ぜ、よそったお米の上にかけた時、そよそよとした幸福感が私を襲った。
また、ただ、ブックオフに行こう。特別でない生活を愛するために。
※記事中の画像はすべてイメージ画像です
TEXT:岡奈なな子
PHOTO:ブックオフをたちよみ! 編集部
【ブックオフのある日常】
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