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ブックオフの自己啓発本コーナーを見てみると……

ブックオフの店内を歩くと、自己啓発本によく出会う。

ある日、なんの気が起こってか、自己啓発本の棚をまじまじと見てみた。さまざまなタイトルの自己啓発本からは、その時々に生きる人の欲望・願いが浮かび上がってくる。

中には正直、「こういう本を買うのは、一体どんな人なんだろう」と考えてしまうようなタイトルもある。

しかし、ふと考える。

その本がブックオフに並んでいるということは、一度は誰かに読まれたということなのだ。その本の背後には、それを買った人と、それを買わせた時代がある。

もしかすると、自己啓発本から「時代」を見ることができるのではないか。大げさかもしれないが、そんなことを思い付いた。

紹介が遅れたが、私はライターの谷頭和希というものである。

普段は大学院生として研究をしながら、時おりチェーンストアの記事などを書いている。本屋にはよく行くし、ブックオフもよく使う。でも、自己啓発本はあまり読まない。いつも横目で見るだけで、何かを思ったこともあまりない。

そんな私がブックオフの自己啓発本コーナーを初めてじっくり眺めてみた。

いつの時代もお金は重要

まず多いと感じたのは、お金関連。『ミリオネア・マインド 大金持ちになれる人―お金を引き寄せる「富裕の法則」』(三笠書房、2005年)から始まり、『お金持ち入門 資産1億円を築く教科書』(実業之日本社、2015年)という本もある。入門したい。そして『借金の底なし沼で知ったお金の味 25歳フリーター、借金1億2千万円、利息24%からの生還記』(大和書房、2009年)。うまいのだろうか。特に目を引くのは、

これで金持ちになれなければ、一生貧乏でいるしかないの書影

これで金持ちになれなければ、 一生貧乏でいるしかない: お金と時間を手に入れる6つの思考(著・金川顕教、ポプラ社、2017年)

これで金持ちになれなければ、一生貧乏でいるしかないのだ。最後の砦である。

お金はどの時代でも変わらず重要なのだ。

インフレが進む「〇〇力」

さらに気づくのは、「〇〇力」の多さである。世の中にはこれほどさまざまな力があったのか。『話すチカラ』(ダイヤモンド社、2020年)や『質問力―話し上手はここがちがう』(筑摩書房、2003年)などオーソドックスな力から始まり、『疑う力 常識」の99%はウソである』(宝島社、2019年)や『行動力のコツ──結果を出せる人になる96のことば』(自由国民社、2019年)等、応用的な力もひしめく中、特に付けたい力はこれだろう。

ブチ抜く力の書影

ブチ抜く力(折桑社、2019年)

人生はブチ抜かなければならない。

ブチ抜ければ、もはや「話す力」も「疑う力」も「質問力」も必要ない。なぜなら、ブチ抜いているからだ。

タイトルだけを見た私の感想に過ぎないのだが、そう思わせるパワーがある。

力、力、力。棚には多くの“力”も散見される。

世の中には、かくもさまざまな自己啓発本があり、そしてそれを買う人がいる。

ブックオフの自己啓発本の売り上げランキングを入手した

自分がたまたま目にした自己啓発本から時代を想像するのは楽しい。

ただ、実際の売り上げを見てみると、より正確に“時代”を見ることができるのではないだろうか。

そう思った矢先、ブックオフから過去10年分の自己啓発本売り上げリストをいただくことができた。

2011年から2020年までにブックオフで売れた自己啓発本のタイトルがひたすら書かれている膨大な資料である(ちなみに、この集計は一部店舗のもので、店舗の販売方法によっては集計に含まれない場合もあるから、あくまでも傾向に過ぎないと思っていただきたい)。

渡りに船、日照りに雨、闇夜の提灯。願ったり叶ったりの資料でありがたい。

まさに圧倒的。過去10年間でもっとも売れた自己啓発本とは

さっそく、リストを見てみよう。まずは10年間(2011年~2020年)の総合売り上げランキングだ。

嫌われる勇気の書影

10年間でもっとも売れた自己啓発本は岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社、2013年)である。ブックオフの担当者に聞いたところ、アドラー心理学を元にした同書は、古本にもかかわらず、10年間で10万部以上売れている。ブックオフの販売金額でいうと1億円を超えている。ちょっとした特需といっても過言ではない。

7つの習慣と、まんがでわかる7つの習慣の書影

2位・3位は『まんがでわかる7つの習慣』(宝島社、2013年)と『7つの習慣―成功には原則があった』(キングベアー出版、2005年)で、スティーブン・R.コヴィーの大ベストセラーと、同作をコミカライズした書籍が同時にランクインしている。 『7つの習慣』に限らず、漫画版の自己啓発本が多くランクインしているのも気になるところだ。

10位以下には懐かしの本たちも並ぶ

上位以外でも、ランキング表には思わず「あったねえ~」とつぶやきたくなる書籍も多い。

女性の品格といつやるか?今でしょ!とタンフォード式最高の睡眠の書影

例えば、『女性の品格 装いから生き方まで』(PHP研究所、2006年)。坂東眞理子の著作で、当時ものすごく話題になっていた思い出がある。ニンテンドーDSのソフトにもなっていた。今ではタレントとしてお馴染みの林修による『いつやるか?今でしょ! 今すぐできる45の自分改造術!』(宝島社、2012年)も懐かしい。そういえば、電車の広告でよく見た『スタンフォード式 最高の睡眠』(著・西野精治、サンマーク出版、2017年)もある。

自己啓発本のタイトルと、自分の思い出が交差する。

新刊本の売り上げランキングとの違い

次に、新刊本の売り上げがわかる『出版指標年報』(出版科学研究所、2021年)と比べてみよう。

2011年から2020年までの、ブックオフで売れた自己啓発本ランキングと、その年の新刊で売れた自己啓発本を同時に見てみる。

同じ年に、同じ本がランクインしている場合は、そこを黄色く塗ってみた。

かなりの情報量なので、サッと見てみてほしい。

そして、「そこまで詳細なランキングは知らなくていいかな」という人は自己啓発本の編集者に聞いてみたまでスキップしてもらえればと思う。

3位に1936年に出版された書籍が名を連ねるのは、古本を扱うブックオフならでは
ブックオフでは引き続き『7つの習慣』がトップに。一方、新刊書店では前年と顔ぶれがすべて変わっている
『7つの習慣』は3年連続トップ。ブックオフのランキング上位はほぼ固定化されてきていることが分かる。
ここにきて、後々ブックオフの自己啓発本界に金字塔を打ち立てることになる『嫌われる勇気』が、新刊書店でランクイン。ブックオフの方にはまだ見られない
『フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣』(大和書房、2014年)が新刊書店で1位に。「ミニマリスト」という言葉が一般化してきたのはこのあたりからだろうか。ブックオフでは『嫌われる勇気』が2位にランクイン。ここから伝説が始まるのだ
『嫌われる勇気』が新刊書店、ブックオフで共に1位に。発売後3年経ってからのこの勢い。そして『夢をかなえるゾウ』の息の長さに徐々に驚き始める
『嫌われる勇気』のブックオフでの人気が相変わらずすごい。7つの習慣シリーズもずっと人気がある。自己啓発本のタイトルには数字がよく使われることに気付いた
ここで『漫画 君たちはどう生きるか』が両方で1位に。新刊書店ではその流れで1937年発売の原作の売り上げも伸びているが、ブックオフではそういった傾向は見られない
ここで『メモの魔力』(著・前田裕二、幻冬舎、2018年)がランクイン。この時期、いたるところにメモ魔が出現していた思い出。そして2018年に樹木希林さんが亡くなったことも思い出す
ブックオフでは最終年も『嫌われる勇気』が堂々の1位に。この年のブックオフのランキングに名を連ねる面々からは、王者の風格さえ感じる

個人的に驚いたのは、ブックオフのランキングと新刊書店のランキングがほとんど異なることだろう。

ブックオフのランキングでは、毎年変わらずランクインしている本が多いことがわかると思う。一方、新刊書店のランキングでは連続して売れているものはほとんどない。

例えば、10年間総合売り上げトップである『嫌われる勇気』は2014年から2020年まで毎年、ほぼ売り上げトップ5に入り続けている。他の本も同様で、『7つの習慣』や『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社、2007年)、『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房、2015年)などは毎年かなりの量が売れている。

これは、毎年ランキングの変動が激しい新刊本ランキングとの大きな違いではないだろうか。

流行の移り変わりが早い新刊本に比べて、ブックオフの本はいくつかのタイトルが根強い人気を誇り続けているのだ。この違いは何を表しているのだろうか。

ブックオフの自己啓発本ランキングの上位常連の書影
これらの上位陣がブックオフで買われ、売られ、そしてまた買われ…と大きな渦を作っているビジュアルが浮かんでしまう

自己啓発本の編集者に聞いてみた

自己啓発本に詳しい人がこのランキングを見たらどう思うだろう。そこから時代を考えるヒントを得られるかもしれない。

実際に、このランキングを持って詳しい人に突撃してみた。

鈴木康成さん

90年代中盤に編集者としてのキャリアをスタートさせ、2004年には男性向け総合雑誌『CIRCUS』を創刊(現在は休刊中)。現在はKKベストセラーズの編集者として、自己啓発本をはじめさまざまなジャンルの書籍の編集に関わる。過去に担当した自己啓発本は、えらいてんちょう著『しょぼい自己啓発シリーズ』に藤森かよこ著『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください』、中田考著『みんなちがって、みんなダメ』など多数。

変わる部分と変わらない部分

――この表を見て、何か気づかれたことはありますか?

10年前と比べると、読者の本質的な欲望は変わっていません。「自分の成長」に資するテーマや内容のものは依然需要が高いということ。しかし、この膨大なランキング全体を拝見すると明らかに今の時代の読者はみんな疲れているなというのを感じます。

つまり、「頑張って生きなくてもいいよ」というメッセージのものが近年俄然多くなってきているように思える。「目標を高く持ちなさい」や「手帳に目標を書いて毎日見なさい」といった絶え間ない努力を促すような内容の本ではなくて、「目の前の幸せにいかに気づくべきか。またそのほうが賢く生きることができるか」といった内容のものに全体としてはシフトしていますよね。

2000年代前半はまだ、「もっと成長したい」とか「スキルアップしたい」という貪欲な欲望がメインストリームだったと思うんです。しかし、東日本大震災のあった2011年代以降は「もっと成長したい」願望が“意識高い系”と言われるようなカテゴリーの人たちに独占されるようになった感じがあります。

それは日本経済がデフレ不況となり、いまだにそこから抜け出せない状況と無縁ではありません。とはいえ、人間はつねにどこかで「もっと成長したい」という欲望を持っている。若年層や「意識高い系」と言われる人たちはその欲望からは逃げられない。だから、ランキング上位に来ている本を見ると、やはり「どうやったらいかに自分を成長させることができるか」のヒントになるような本が主流ですね。若年層でも、もはや頑張って努力することを忌避する傾向にあるようですが、読書したいと思う人たちは成長願望がやはり強いと言えますからね。

――たしかに10年前に比べても、売れているものに少し変化が見られますよね。一方で、新刊書店ランキングと比べると、ブックオフでは常にランクインしている書籍も多いです。

そうですねぇ。

ブックオフでは普遍的な内容を持つ自己啓発本がちゃんと売れているな、と感じます。

やはり、それこそが「もっと成長しなければ」願望から逃れられないビジネスパーソンの性(さが)なのでしょう。ブックオフの売れ筋リストを拝見すると、ビジネスパーソンの普遍的な願望に応えようとした内容を持つ古典的な自己啓発本が売れ続けている。自己啓発本の売り方や見せ方は変わっても、10年、20年くらいでは人間が本質的に持っている欲望や考えていることは大きく変わっていないと思います。福沢諭吉が『学問のすゝめ』を出版した150年前とも変わっていないんです。

そういった意味ではこの「10年間の総合売上ランキング」は、生き方や仕事のしかたで読者にモチベーションを与える、もしくは実際に役に立っている、そういったすごく優秀な自己啓発本の選書リストにも見えますね。

――時代によって変わっていく部分と、変わらない部分があるということですね。

“読みやすさ“が捉える時代性

――そんな中、『嫌われる勇気』は発売後も売れ続け、10年売り上げランキングではダントツの1位です。人気の理由はどこにあるのでしょうか。

この本は「幸せとは何か」「幸せに生きるにはどうすればいいのか」という普遍的なテーマに真正面から挑んでいますよね。自己啓発本を読まれる方の最終的な目的はこのテーマに尽きるんです。だから、「幸せとは何か」について探求していたアドラー心理学をどうやったら今の時代に分かりやすく、しかも興味深く読者に伝えることができるかを徹底的に考えて編集された本作は秀作と言えるのです。哲学書の古典にある対話形式で、かつ、現代的な物語に読者を引き込んで読ませていく。まさに編集の技が光る作品です。

だから、つねに新しい読者を獲得し、毎年新刊書店でも売れ続けています。こういった作品を世に出した編集者に対して尊敬の念を抱かざるを得ませんね。蛇足ではありますが、この『嫌われる勇気』が誕生するきっかけになったのは弊社の新書、岸見一郎先生の『アドラー心理学入門』なんです。弊社でも超ロングセラーでいまもよく売れている本です。

――見せ方を変えつつも、根本的には普遍的なテーマを取り扱っているところに人気の秘密があったわけですね。

「幸せとは何か」というこの普遍的なテーマを、本文の構成から内容の深さまで、著者と編集者が何をそこで伝えたいのかをわかりやすく、しかも読者に押し付けがましくなく伝えているという点が秀逸です。この「押し付けがましくなく」というところがすごくこの時代の読者に対して重要なところですね。そういった今の時代の読者の感覚を捉えているからこそ誕生した本なんでしょうね。これはもう名著。脱帽です。

――SNSなど、短い文章が広がる時代の反映かもしれません。それでいうと、『まんがでわかる 7つの習慣』など、漫画形式のものが多くランクインしていることも気になります。

書籍の場合、それなりの読書体験がないと、読みにくく感じる自己啓発本もあります。本って必ずしも全部を読み通す必要はないのですが、読破できないことがコンプレックスになる人が多くいるようです。それによってその本の要点がわからずじまい。とくにランキング上位に挙がっている自己啓発本はわりと分厚いですから、要約した本や図解した本、もしくはコミック化した本は、読者が読破する欲望に応えた本だと言えるでしょうね。そのうえで本の要点だけはしっかりおさておきたいという願望を満たしているのではないでしょうか。なので、ある一定の需要はあるでしょうし、むしろ若年層に限らず読書にコンプレックスを抱えている層を多く取り込んでいるのだろうと思います。

漫画版自己啓発本たち
自己啓発の名著といわれるものには大抵漫画版が存在していて、ブックオフでも多くランクインしている。

ブックオフは、自己啓発ライト層が手軽に色んな思想に触れられる場所

――漫画が多くランクインしているのは、他の人も読んでいるからとりあえずブックオフで買ってみよう、といういわば「自己啓発ライト層」の存在も大きいと思うのですが、いかがでしょうか。

本好きでよく書店に行かれる方、または普段から新刊情報に対するアンテナを張っている方は、新刊なら発売直後に書店で買いますよね。もちろん私もそうです。ただ、今おっしゃった「自己啓発ライト層」の方は、新刊書店で買う時にハードルが高かったりするのかもしれません。このライト層は「いい本だよ」と人からおススメされた本を購入する傾向にありますよね。だからレコメンドされた数の多い本を新刊発売後しばらく経ってから購入しているのではないのかな。

そもそも「本というもの」は新刊書店で買ってもその価格は安いくらいなんですけれどね。だって、その「本」に書かれた知識や考え方は著者が何十年も、あるいは一生をかけてやっと獲得したものだったりするわけです。それを一冊の本にして伝えてくれているわけですから、こんな安い買い物はないんですよ。もし自分がその知識や考え方を得ようとしたら人生のどれだけの時間を使わなければならないか。

――確かに、そう考えると本ってかなりコスパのいい買い物なのかもしれません。

そうは言っても、近年読者の年収は増えず、本の価格は少しずつ上がってきていますから、「自己啓発ライト層」の方にとってはブックオフさんはお役立ちなのではないでしょうか。

最新の自己啓発本でも棚に並ぶのが早く、しかもたくさん売られてますよね。新刊や話題の本がわかりやすく棚に陳列されているので、非常に買いやすい。

そういった意味では、ライト層が本を手に取って、さらにそのジャンルだったり、著者に対して興味を深めていくきっかけになればいいと思ってます。

つまり、新刊書店とは別の本や著者やジャンルのテナントになればという考えです。「存在するものはすべて合理的である」ではありませんが、すべては読者の「本や著者への興味」へと誘う手軽な経路になればと良いのではないでしょうか。

手を挙げて話す鈴木康成さん
「ブックオフだからこそ手に取りやすい本もある」と語る鈴木さん。確かに、ランキングからもそういった傾向が読み解けた

――この10年では、本を知り、購入するルートとしてAmazonなどオンライン書店の台頭も顕著になってきました。オンライン書店とブックオフの違いはどこにあると思いますか?

オンライン書店の場合は、すぐに読みたい本にアクセスし購入、翌日にはもう届くという簡易さが魅力ですよね。これも存在するゆえにまさに合理的です。利用しない手はない。それとやはりおススメ機能も大いに活用できる。

しかし、おススメされた本ばかりを読んでいると、いまの自分の関心事以外や、自分と異なった考え方などに触れる機会が少なくなってしまいますね。けれど店頭で本を選ぶという行為は、読者にとって期せずして出会ってしまう本があるということ。それが魅力であり、図らずも違った視点を獲得するチャンスにもなる。

――確かに、私もブックオフを歩いていると「こんな本もあるのか!」と驚くことがあります。

ですよね。このことは新刊書店もブックオフも変わらない。そんな本との偶然の出会いのなかにこそ読書の豊かさみたいなものがあるよなと思ってます。とくに自己啓発本というものに対しては、多角的な視点を獲得しながら臨む必要があると考えています。「もっとがんばれ」ばかりだと疲れてしまってですね、この時代、鬱になりますよ。時には「もうがんばらなくていい」と伝えてくれるメッセージの本に出会ったら、どれだけ救われるか分かりません。

――確かに! オンライン書店だけ利用していると選書が偏るな、と思う時はあります。ブックオフをぶらっと歩くだけで、新しい価値観との出会いがあるわけですね。

ブックオフの棚から現在を考える

――ブックオフの棚から興味の幅が広がることも結構ある気がします。

もちろん。それと、もうずいぶん前に出版された本はもちろんですが、たった数年前の本でも版元さんではすでに絶版になっているものがじつは結構多くあるんですよね。

新刊点数がここ数年減ってきたとはいえ、出版して店頭販売される期間のサイクルも早い。けれど、ブックオフでは元気に売られているものがある。僕自身、そういう本を中心に買って読むことがあります。絶版の古書が格安で入手できることがあると嬉しいですよね。

――古典まで含めて、棚に多様性があるんですね。

本屋さんってやっぱりジャンルはもちろん、知識や考え方など著者のバリエーションがあること、つまり棚に多様性があることが魅力のひとつです。

もうひとつは、もうすでに絶版もしくは在庫僅少で本屋さんではなかなか目にすることができないものがあるのがやっぱり面白い。とくに後者のほうで、ブックオフはじめ古書店さんは新刊から古書までバリエーションがあることが魅力ですよね。

――たしかに、ブックオフの棚を見ていると、本当にいろいろな本があります。

実は僕自身が自己啓発というテーマに関わりながら意識していたことでもあるんですが、『CIRCUS』というビジネスマンのための総合誌の編集長をしていたことがあります。主にビジネスや、お金、結婚や恋愛にまつわる自己啓発の特集内容を記事にしていました。

雑誌・CIRCUSの書影
雑誌『CIRCUS』 最終号の表紙には「生き残る勉強術」

まさに「いかに自分を成長させることができるか」を追求していた雑誌でした。ただそういった内容の記事を特集で見せながらも、まったくそうではない生き方を語っていただける著者にインタビューをお願いしていました。たとえば、橋本治先生や呉智英先生、宮台真司先生や内田樹先生などに。それこそ読者への多様性の提供であったし、物事を多角的に考える面白さでありました。

それは雑誌という存在の魅力でもあったんですよね。その魅力が高度な消費社会の雑誌文化のなかではだんだんと失われていってしまうのですが。本屋さんの棚にはその多様性の面白さがあるし、そこが最大の魅力だと思ってます。一方、いま本屋さんはその店主さんのカラーが色濃く出た魅力的な小さな書店さんも出て来ていて、そういった存在の書店が多く増えることも多様性につながって面白い時代なのかもしれません。

2004年に鈴木さんが創刊した、男性総合誌『CIRCUS』。手に持つ表紙には「オレ流がモテる!!」との文字が

雑誌って売れなくなってくると、アンケートで面白かった企画を中心に特集を組んだり、同じジャンルの他誌で評判が良い企画を取り入れてみたり、もう毎月実売率と返品率の数字を突きつけられてつねに試行錯誤になってくるんですよ。雑誌編集時代は編集することは全力で楽しむけれど、毎月一喜一憂でしたね。雑誌が休刊する直前はすでに私は更迭されていましたが、その中身は実用的な情報だけしか載らなくなってしまった。

もちろん数字を目標にするのは大事。けれど数字だけ追った結果、雑誌の多様性、つまり雑誌の魅力や面白さが失われてしまったということもある。というか、その多様性を面白がっていた総合誌が生き残るには難しい時代になっていたということでもあるんですよね。いま思えば実に感慨深い……。

――そういう流れを辿ってしまった雑誌・出版社も多い中で、ブックオフにはそこからこぼれ落ちた本もたくさんあって。それが多様性を生み出しているのかもしれませんね。

そうかもしれません。店舗における棚の多様性を確保し続けることは大変かもしれませんが、頑張ってほしいですね。是非読者が本との偶然の出会いを楽しめる空間であってほしいです。そもそも読書というものは、自分だけのとっておきの時間を作りだしてくれる貴重な行為です。このことに気づいたら、ある程度はどんな孤独にも耐えられる「生きる技術」を手に入れたようなもの。私はそのことを長くお付き合いさせていただいている福田和也先生や浅羽通明先生から教わりましたが、「モノ」としての本を愛でたり、読書を楽しんだりする読者がひとりでも増えていくきっかけになる場であってほしいと思います。

さいごに

やはり、ブックオフの棚は、その時々の時代をよく表していたのだ。
一見すると、その棚はいつの時代も似たようなラインナップが広がっていると思われがちだ。しかし、ひとたび目を凝らして棚を見つめると、そこには私たちが生きる時代の姿が、たしかに埋め込まれている。

いわば、ブックオフとは時代の窓なのではないだろうか。

ぜひ、ブックオフの自己啓発本コーナーから私たちが生きる時代を感じてみてほしい。

TEXT:谷頭和希
PHOTO:谷頭和希、ブックオフをたちよみ!編集部

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