島田潤一郎さん
1976年高知県生まれ。東京育ち。大学を卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指す。2009年に33歳でひとり出版社「夏葉社」を起業。企画立案から編集、営業まで出版に関わる作業のすべてを自分自身で行う。著書に『ブックオフ大学ぶらぶら学部』『父と子の絆』がある。
島田さんとブックオフをぶらぶら。吉祥寺駅北口店は80’s CDのラインナップが豊富
――今日はよろしくお願いします! 今回はせっかくなので、夏葉社からもほど近いブックオフ吉祥寺駅北口店でのお買い物から同行させていただきます。島田さんはいつもどのフロアや棚から見るのでしょう?
最初はCDフロアの290円棚から、邦楽も洋楽もザッと見ますね。その後510円棚と、音楽誌の棚などへ。この吉祥寺駅北口店はCDがジャケットの色別に綺麗に並べられているのが職人技ですね。
――音楽はサブスクリプションではなく、CD派ということでしょうか。
断然CD派です。アルバムを通して聴きたいんですよ。4~5曲目はあまり好きじゃなくても、我慢すれば6~7曲目の好きな曲が聴ける、という流れを楽しみたい。CDだと「好きな曲だけ聴ければいい」というわけにはいきませんからね。
――CDや本を買う頻度はどのくらいですか?
バラバラだけど、来たら何かしら買うことが多いです。「今日は本を1冊買おう」と決意してから来るときもあれば、店に入ってから「これは絶対買うべきだ!」と決めるときもありますし、「まだ値段が高いから、下がるまで待とう」と放流するものもあります。『ブックオフ大学ぶらぶら学部』で武田砂鉄さんも書いていますが、ブックオフはその日の気分によって見えてくるものが違いますからね。
――大石トロンボさんの漫画でも、新たな値下げ本だけ光って見えるという描写がありましたね。島田さん的に、この吉祥寺駅北口店の他とは違う特徴はありますか?
ここはCDの品ぞろえがすごいですよ。60〜70年代の邦楽のロックがすごく充実していて目移りします。ムーンライダーズのCDをここで少しずつ買い揃えていったことがいちばんの思い出です。さて、次は本のフロアに行きましょうか。
【ブックオフをたちよみ!で大石トロンボさんに書いてもらった漫画はこちら】
――本のフロアで島田さんが見るところは?
この店だと、ちくま文庫の棚や海外作家の棚が充実しているので、よく見ます。あと、今は北方謙三の『水滸伝』を読んでいるので、それを探して少しずつ集めたり……ああっ!探してる本があった!!もう3年くらい、このちくま文庫の『現代民話考』って本のシリーズを探してるんですよ。すげ~!うれしいー、やったぁー!絶版本なんですよ‼
――こんなに喜んでいる場面に立ち会えて、なんだかうれしいです(笑)。
こういうふうに、ブックオフでは新刊書店にはない出会いも楽しめます。100円棚に数多く並んでいるベストセラー本を見て、それがよく売れた時期の思い出に浸るという楽しみ方もありますね。
8名の“近視眼的な愛”が綴られる『ブックオフ大学ぶらぶら学部』。出版にいたるまで
――ブックオフでの買い物を終え、ここからは夏葉社で島田さんにゆっくりお話を伺っていきます。まずは、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』という本を作ろうと思った理由を教えてください。
いわゆる「古本好き」の人たちに「ブックオフはいいところだよ」と言いたかったんです。神保町に代表されるような古書店街で昭和や大正、明治時代の本を買う……そういう人たちってブックオフのことを少し否定的に捉えているようなところがあると思うんです。そういう傾向には違和感を覚えていました。
古書店や新刊書店の商売敵として否定的にブックオフをとらえるのではなく、たくさんあるいいところをちゃんと取り上げたいという気持ちがありました。
――島田さんの中にあったその気持ちを、実際に本として形にしようと思ったきっかけは?
以前、今作のデザイナーでもある横須賀 拓さんとブックオフについて話していて、「ブックオフへの愛情が強い人をたくさん集めたら、僕の思い描いているようなブックオフの本が作れるんじゃないか」と思ったんです。‟いい本”かどうかはわからないけど、‟おもしろい本”が(笑)。横須賀さんとは新装版の方で対談もさせていただきました。
――執筆者の方々はもともとお知り合いで、ブックオフ好きということもご存じだったんですか?
武田砂鉄さん以外は知り合いでした。それぞれ会話にブックオフの話題が出たら、お互い探り合うように「ブックオフっていいよね」と確認して。そのうちに「○○店がいいよ」と深い話をしたり、一緒に店舗をめぐったりするような気心の知れた仲になりました。僕らがブックオフで盛り上がっている感じがこの本でも表現できているなら、成功かなと思ってます。
――ブックオフを愛する仲間同士の空気感があり、それを本で表すことが今作の狙いの一つだったんですね。
そうですね。今回、いわゆる出版業界の玄人みたいな人には依頼したくなかったんです。玄人がブックオフを俯瞰で見て知識を並べているものは、僕はあまり読みたくなかった。そういう本を僕が作っておもしろくなるとも思えないし。それよりも友達と「この前ブックオフに行ったらさぁ」と盛り上がっているときのような話を読みたかった。近視眼的にブックオフを好きでいる人の話の方が、僕の好みなんですよね。
――執筆者がそれぞれのやり方でブックオフに没頭している感じと、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』という書名がぴったり合っているイメージです。
最初は『ブックオフ大学ぶらぶら学部金ない学科』にしようと考えていました。でもメンバーから「それはあんまりだからやめた方がいい」と言われて……(笑)。ただ、『ブックオフを語ろう』みたいな堅苦しいタイトルにはしたくなかったんです。『ブックオフ大学ぶらぶら学部』というタイトルは読者の方によく褒めていただけますね。
――ブックオフ自体も、いろいろなお客さんや商品が各地から集まってきていて、まるで大学のようにも思えます。
ブックオフは大学が持つどこかバラバラな雰囲気にも似た、「楽しいんだけど寂しい」って感じがある場所かもしれないですね。横須賀さんも少し寂しい‟郊外感”を出すイメージで、初版本の装丁を考えたとおっしゃっていました。ブックオフは郊外に多いので。
――新装版は一転、パキッとした明るい色合いのカバーになりましたが、それも意識的に?
「この本はもうちょっといいところまでイケるんじゃないか」ということで、マイナー感からメジャー感のある装丁になりました(笑)。初版本の製作中はブックオフが2020年で30周年とは知らなかったので、それを聞いて、新装版ではおめでたい感じにしようというのも意識して。
表紙だけじゃなく、まえがき、あとがきも少し変えているんです。とくに初版本のまえがきでは「ブックオフが大好きだった荒川くんに捧げたい」だったところを、新装版では「2020年の今年はブックオフ創業30周年。この新古書店とともに青春を過ごしたすべての人に、この本を捧げたい」としました。初版本を捧げたい相手はひとりで、‟閉じて”いたんですが、新装版はもっと多くの人たちに向けて、‟ひらけて”います。
出版前、気がかりだったのはブックオフに訴えられること。
――出版後、周囲の方や読者からはどのような反応がありましたか?
「ブックオフに行ってひとりで棚と向き合っているあの時間が言語化されたことで、快感みたいなものを覚えた」という感想が多いかもしれません。例えば武田砂鉄さんの『ブックオフは体調が悪いと楽しめない』という一文にものすごく共感する、とか。みんなが言葉にできなかった‟あるある”を執筆者のみなさんが言葉にしているから、ブックオフに行っている人は「良かった」「とにかく笑った」と言ってくれてうれしいですね。
それと、「読んだらブックオフに行きたくなった」という感想も多いです。ブックオフのあるあるやルーティンを、みんなで共有できるからでしょうか。出版前は「島田は出版業界の裏切り者だ!」と叩かれて、ブックオフから「名誉棄損で訴えます」と内容証明郵便が届く未来も想像していたのに(笑)。
――なんとネガティブな……。
いや、大げさじゃなくそのくらい、出版業界で新刊書店と一緒に仕事をしている人間が、ブックオフについて正面切って語るのは難しいという雰囲気があったんですよ。でも出版してみなさんからいい感想をいただいたことで、自分の中では「これで良かったんだな」という思いがあります。何より、ブックオフの社員さんたちが喜んでくれているという話を聞いた時はうれしかった。
本が好きな方の中には、ブックオフで本を買う方もいれば、図書館で本を借りる方もいる。どういう向き合い方にせよ、スマホ全盛のこの時代に本を読む人がいてくれるのは可能性だし、本の循環の一部を担っているブックオフをないことにして何かを語るというのは嘘だと思うんです。
――新装版になって、これからさらにいろいろな読者の方に読んでもらうのも楽しみですね。
そうですね。僕もこの本に書かれていることは全部好きですし、作っていて最初から最後までずっと楽しかったです。それを他の方たちにも楽しんでもらえたら、こんな幸せなことはないですね。
――この『ブックオフ大学ぶらぶら学部』がブックオフに並ぶ可能性もあります。
それはもう喜んで。どの棚に並ぶんだろう?と考えちゃいます。きっと「その他の新書」コーナーだろうなあ。そこに並ぶのが待ち遠しいです。ブックオフに行っている人がこの本をブックオフで見つけたら、すごく買いたくなるんじゃないかな?
――先ほどお話しされていたように、まえがきには「ブックオフとともに青春を過ごしたすべての人に捧げたい」ということが書かれていますが、「こういう人に読んでほしい」「こういう気持ちになってくれたらうれしい」という、より具体的なイメージがあれば教えてください。
僕は孤独なときや暗い時期にブックオフに救われたんですよ。決してウキウキしながら行っていたわけじゃないけれど……心の拠りどころでした。僕みたいに「ブックオフしか行くところがない」という人は今も全国にいると思うので、そういう人に読んでほしい。孤独な者同士がブックオフに集まって直接話をするわけじゃないけど、この本を読んで心が通じ合うような感覚を覚えてくれたらいいですね。
――孤独なときや暗い時期というのは、どんな感じだったのでしょうか……?
仕事もないしお金もないから、行くところがブックオフしかない、という状態。コンビニでさえ入るのはなんだかハードルが高いという感じで。でもブックオフは安心して行けたし、長時間いられるから、それで救われてきたんですよね。今作のカバーにある「みんな、ブックオフで大きくなった」というキャッチコピーは、人生の一時期をブックオフに救ってもらった、育ててもらったという気持ちを込めて書きました。
――ブックオフが、ひとりでいてもいい居場所だったんですね。
そう。だから社会に行き場のない孤独な人たちに届けたい。当時の僕のような救われない若者にとって、ブックオフは本当に大切な場所だったんですよ。100円棚や200円棚にも素晴らしい本やCDがあり、それに出会って心をゆだねる時間も大切なものでした。そういう感覚を持っている人がこの本を読んで、「やっぱりブックオフがあるから大丈夫だ」と思ってもらえたらいいですね。
ブックオフで買う古典は費用対効果がすごい。人生の宝物に100円で出会える。
――ところで、今日ブックオフで『水滸伝』を買われていましたが、長編作品が子どもの頃からお好きなんですか?
長ければ長いほど心に残りますからね。本はあらゆるメディアの中で、最も長いスパンの時間を提供できるものです。それが本の持ち味。自分が生きている人生よりはるかに長い時間を追体験させてくれて、さまざまなものの見方や人生観を与えてくれるのが、本というメディアの好きなところです。それは、数分、数秒で完結するインターネットメディアとは真逆の魅力ですよね。ブックオフに行く本好きの人たちも、きっとネットでは味わえない、本に長時間のめり込むような体験を求めてるんだと思います。
――いい悪いは別として、ブックオフで朝から晩まで立ち読みしている人もいますしね。
それで救われている人がいるなら、僕はいいと思いますよ。やっぱり生きていると大変なことがたくさんあるから、それを忘れて何かに没頭したくなりますよね。
――島田さんがこれまでに買った本で、とくに影響を受けた作品などはありますか?
プルーストの『失われた時を求めて』です。そういえば、全巻ブックオフでそろえました。世界の物価はわからないけど、日本で売られているものの中で費用対効果が一番いいのは、ブックオフで売ってる古典だと思いますよ。人生の宝物が100円ちょっとで買えるんですから。いい作品がたくさん売れて、読まれて、ブックオフに流れて、昔の僕みたいなお金のない若者が買って、読み終わったらまたブックオフに売って……こういう循環も素晴らしいことだと思うんですよね。
ブックオフと老夫婦のような成熟した関係でいる秘訣。
――お話を聞けば聞くほど、島田さんが人生を通して本とブックオフに関わり続けていることがわかります。
そうですね。ブックオフは本との出会いだけでなく、友達との思い出もたくさんある場所です。初版本のまえがきで捧げた相手でもある、友人の荒川くんが白血病の治療で入院していたときは、お見舞いでしんどそうな顔を見ると僕もつらくて。でも湿っぽいことは言いたくないから、「ブックオフ寄って帰るわー」と言って、実際に病院の近くのブックオフで気持ちをリセットしていました。
――島田さんが感情や気分を一旦フラットにする場所も、他のどこでもないブックオフだった、ということでしょうか。
しんどいときに救ってくれたのは、「ブックオフがあって良かった」と思うことの一つです。ブックオフは他の店とは違って、何時間でもほっといてくれるのがいいんでしょうね。あの雰囲気が好きなんです。僕にとっての「ホーム」。
――「ほっといてくれる場所」というのは、最近少ないかもしれないです。
孤独や不安を感じると、誰ともしゃべりたくなくなるときがあるんですよね。ネットも見たくないし。そういうときにブックオフは「こうしたらいいよ!」とか「頑張ろうぜ!」「とにかく動こう!」などと押しつけてはこない。ネットやSNSは常に誰かと競争させようとけしかけてくる気がするんですが、本やブックオフは僕をほっといてくれて、自分のペースで読み進めたり、自由に何かを考えたり思い出したりするのをよしとしてくれるところがいいんです。
――今の島田さんは家族も仕事もあり、孤独でお金がなかった頃とは状況が少し違うと思いますが、ブックオフとの関わり方も変わっているのでしょうか?
今は「ブックオフに恩義がある」という部分が大きくなっていますね。自分を救ってくれたという実感があるから、足を向けて寝られない。もちろん欲しいものを探しに行ってはいるのですが、いいと思うものがなくても全然不満はないですし。
――まるで老夫婦のように穏やかですね。相手に感謝があるし、依存せず、見返りも求めない。
そう。長いつき合いを経て、今のブックオフと僕は成熟した良好な関係ですよ(笑)。何の文句もなく、これからも行って、本を買い続けると思います。
TEXT:矢郷真裕子
PHOTO:宇佐美亮
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